沿革

昭和48年01月 京都市右京区太秦唐渡町21番地に、スクリーン型一部加工業として生田商店を開業。
昭和50年04月 京都市中京区大宮に、大宮工場を増設し染色用紗張加工を開始すると共に設備の近代化に着手。
昭和50年09月 都スクリーンと商号を改め、開発中の超大型紗張機(1号機)の完成により生産、品質が向上する。
昭和52年12月 資本金300万円をもって都スクリーン株式会社に改組。
昭和53年02月 本社を京都市右京区梅津南広町98番地に移転し、1号機の改良型セミオートタイプ(2号機)を設置し増産に入る。
昭和54年04月 京都市右京区太秦唐渡町21番地(前の本社工場)を取得し段町工場とし、併せて非繊維部門開発部を設置。
昭和55年05月 資本金600万円に増資、段町工場を新築する。同工場をプロセス事業部とし、一般印刷関連の業務を開始。
昭和56年10月 アルミフレームの製造販売を開始。
昭和57年07月 スクリーン製版業務を増設、基板印刷用製版、一般印刷用製版を開始。
昭和59年02月 京都市右京区西京極南庄境町63-2に新社屋完成を期に本社及び段町工場を統合し合理化を計る。
昭和59年04月 印刷部を新設しプリント配線板の印刷を開始。
昭和59年05月 コンピュータ導入。
昭和59年09月 資本金1600万円に増資し、メタリック建築内装材、及び銘板加工を開始。
昭和61年09月 一般スクリーン印刷業務開始。
昭和62年07月 超高圧ウォータージェット導入。
平成02年07月 資本金3100万円に増資。
平成02年10月 本社屋増築。
平成05年03月 イメージセッター導入と画像処理コンピュータ、自動紗張機2台等、設備を新鋭機に替える。
平成07年04月 企画部を設置し、各種デザイン企画、催物企画、贈答品等企画販売を開始する。
平成08年09月 企画部をグラフィック事業部と改める。
平成09年01月 スコッチプリント9512システム導入を機に、看板、サイン、ディスプレイ、車両マーキング等、広範囲にわたり取り組む。
平成14年04月 フィルム出力用イメージセッターの新鋭機を増設。
平成14年09月 大型インクジェットプリンター等を導入。
平成16年07月 上海工場設立。
平成16年08月 大型スクリーン製版設備導入。
平成17年01月 水性顔料インクジェットプリンター導入。
平成17年03月 リビング事業部設立。トイレタリー事業進出。
平成18年08月 平面カッティングプロッター導入。
平成18年08月 屋外向け大型インクジェットプリンター導入。
平成19年07月 オンデマンド印刷機導入。
平成21年03月 昇華転写システム導入。
平成21年09月 リビング事業部にアパレル事業を付加しA&L事業部と改める。
平成25年03月 上海工場に昇華システム導入。
平成26年06月 岐阜工場設立。スクリーン製版事業開始。
平成26年11月 生田宣秋が代表取締役社長を辞任し代表取締役会長に就任。生田の後任として江向耕一郎が代表取締役社長に就任。